記事の詳細
ゴールデンウィークいかがお過ごしでしたか?

前後半に分かれた今年のゴールデンウィークですが、木曜日休診日の当院ですので、4月30日を休診させていただくと4連休になります。これを利用して台湾に行ってきました。
沖縄のちょっと先ですので、もう何回もお出かけになっている方も多いことと思いますが、私にとっては初めての台湾でした。これまで本当にドメスティックな人生を送ってきたものだとつくづく思います。
羽田からわずか3時間半、時差1時間という近さですが、いきなりの中国語に面食らいます。
しかし、日本語がそこかしこから聞こえて来ますし、日本語で問うと日本語で返してくることも多く、割と親日的で不快感はありません。(もっともこのところ沖ノ鳥島をめぐる馬総統の発言で中国の影が見え隠れするのが心配ですが。)
まず驚いたのが、バイクの多さです。日本の軽乗用車は全く見受けられず、代わりにバイクが利用されているといいます。聞くところによると、国民の半数の人が日常バイクに乗っているとか。よく見ていると、かなりのスピードを出しており、また3人や4人が合い乗りしたり、ハスキー犬を股の間に乗せていたりと自由な乗り方をしています。おかげで事故は多いとか。我々をガイドしてくれたRさんも手首を骨折したことがあると、傷跡を見せてくれました。
初日は行天宮というお寺から始まり、占い横丁へ。日本語の堪能なおばさまに占っていただき、まだ15~18年はこのままやっていけそうだとお墨付き(?)をいただきました。
その後永康街という繁華街で巨大なマンゴーかき氷を必死に食べ(ついに食べきれませんでした)、淡水という海辺の街へ。こちらでいう江の島のような雰囲気です。夜はライトアップされてデートスポットになっているとのこと。近くに大学があり若い人が多く、活気があります。川沿いに並ぶ屋台では台湾特有の珍しい食べ物にも遭遇。臭豆腐という本当に臭い豆腐には閉口しました。
町中を走っていると、所々にクリニックの看板が見られます。
眼科や小児科は日本と全く同じでしたが、耳鼻咽喉科は「耳鼻喉科」で「咽」が抜けちゃってました。もっと驚いたのは歯科で「牙科」。そのほかにも「外科・骨科」や「婦産科」など想像できる表示もありました。
某ホテルの広東料理のコースをたらふく食べて初日が終了しました。
2日目は盛り沢山でした。
忠烈祠という、日本の靖国神社のようなところへ行き衛兵の交代式を見学。衛兵は1時間ごとに交代しますが、立っている時には、身じろぎ一つしてはならないとか。重労働です。
この日は海軍が担当で衛兵さん達は白い制服でした。
軍隊の徴兵制が残っているのは、世界で韓国と台湾,スイスだけなのだそうです。台湾の徴兵制は次第に期間が短縮され、いまでは4か月のみだそうですが、常に中国の影を感じていたのがよくわかります。
次に訪れたのが故宮博物館。蒋介石が中国本土から持ち込んだ宝物はなんと65万点にもおよぶとのこと。これを見た中国人が返してくれという気持ち、わからなくもありません。
しかし、蒋介石も戦闘中、後退しつつこれらの宝物を傷つけることなく持ち込むのは本当に大変なことだったのではないでしょうか。びっくりです。
昼食後、宮崎駿の「千と千尋の神隠し」の舞台とも言われている九份へ。山中の入り組んだ坂道にこれまた所狭しと屋台やお店が並んでいます。活気があります。
散策の途中でお茶屋さんで烏ろん茶の入れ方や飲み方を教えてもらいました。なかなか奥が深いもので、すっかり気に入ってしまいました。
続いて十分へ。ここでは願い事を書いた天燈(ランタン)を熱気球のように打ち上げます。
これが結構おもしろくて、打ち上げる場所はなんと線路の中です。列車は1時間に1本なので、こんなこともできちゃうそうです。
熱風で舞い上がるわけで、相当遠くまで飛んでいきますが、近所の人の手によって回収するのだそうです。
火事にならないかと少々心配になりますが、全く平気なのだそうです。
何ともおおらかです。
楽しかった十分をあとに、台北に戻ってきました。
昨夜のコース料理と、昼食のコース料理でお腹ははち切れんばかりでしたが、夕食には台湾名物の小籠包が用意されていました。これを食べずして帰ることはできません。不思議なことに、同時に出てきた空芯菜でお腹が落ち着きました。空芯菜に何か薬効があるのかな?
その後、台湾で一番高い建物である台北101にのぼりました。数年前までは世界でビルとしては最も高かったのだそうですが、ドバイに抜かれ、上海に抜かれたのだそうです。
展望室の一角に宝飾品を売っているエリアがあり、何とサンゴだらけです。しかも高価。中国人のサンゴ好きがよくわかりました。
沖ノ鳥島界隈で、今後中国漁船の出没が繰り返されることになるのでしょうね。彼らは沖ノ鳥島は単なる岩だと主張しているのですから、排他的経済水域は無いのだというのです。なぜこんなにも傍若無人なのでしょう。
しかし、台北101近辺は昨年行ったニューヨークのロックフェラーセンター界隈とよく似ています。それもそのはず、ガイドさんに言わせると、ニューヨークを真似たのだということでした。
九份の屋台ひしめく雑踏から101の洗練された街並みまで一気に駆け巡った一日でした。
3日目、最終日です。
蒋介石が祭られている中山祈念堂へ。ここでも衛兵交代式を見せてもらいました。
ブルーの制服は空軍の兵隊さん達です。容姿、体形ともに優れた人が選ばれるとあって、イケメンのお兄さんぞろいでした。
その後、階下にある蒋介石の展示物を見て回りました。
50年間も日本の統治下にあったというのに、日本に対する受け止め方が韓国と異なるのはなぜなのでしょう?
よくわからないまま、次なる地、焼き物の里、鶯歌(おうか)へ。道の両脇に陶器・磁器の店が並んでいます。烏ろん茶を楽しむための急須と茶碗を手に入れました。
さらに昔の日本人街、三峡へ。
煉瓦造りの街並みが台湾の人達にも愛され、結婚の記念写真をわざわざここで撮ったりするのだそうです。
昼は雲南料理、夜は海鮮料理と食も食べつくした感があります。気が付けば、あっという間に1キロ太っていました。
帰国した翌日の外来は、もとより覚悟の上でしたが、結構辛かったです。
本当に楽あれば苦ありそのものでした。
楽しかった時間はあっという間に過ぎ去ってしまいます。これを励みに、連休明けからまた頑張ります。