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9月の2回目の連休を利用して、ボストンに行ってまいりました。

3泊5日の強行軍でしたが、却って時差ボケする前に現地を離れるので身体は楽だったかもしれません。

ボストンには日本のT薬品の研究所があり、実は姪がそこに勤務しております。姪の様子伺いの傍ら、ちょこっと見学させてもらうことになっていました。

20日の早朝、藤沢を立ち成田空港へ向かいました。かつて何回も列車の事故や車両トラブルによる遅延を経験している筆者ですので、すんなり成田に到着したのが夢のようでした。

しかし、やはり筆者には何かが憑いているようです。シカゴ経由で乗り換えてボストンに向かう予定でしたが、出発が遅れ、天候不順でシカゴへの到着が当初予定していた時間の45分遅れとなってしまいました。乗り換えのための時間はわずか1時間半しかありませんでした!しかも入国審査・税関を抜けて、預けていた手荷物を受け取り、ターミナルをバスで移動しなければなりません。

2年前のパリでの悪夢が蘇りました。(ひまわり日誌、パリに行ってきました。を参照)残り45分では不可能でした。

実は、航空会社どうしの連携であらかじめ搭乗便の変更がなされており、時間的余裕があったのですが、それに気づくまでのパニック状態をお察しください。

手荷物検査を済ませて、ゲートの前へ。呼び込みに応じて機内に入り、出発を待っておりましたら、不覚にも居眠りが出てしまいました。約30分ほど座席でじっとしておりましたら、機内放送で「飛行機を取り換えるので一旦出てくれ」と申します!その間乗客はじっと待って、素直に(仕方ないのですが)降りていきました。さすがアメリカ。こんなことはよくあることなのだそうです。

ボストンに着いたのは、予定より4時間ほど遅くなってしまいました。

T薬品の研究所に着いたのは、もうすでに所員が退社してしまった後でしたが、チーフのTさんが残業で残っておられ、現在がん治療のトレンド、分子標的物質の研究行程を案内してくれました。

おびただしい数の実験装置や1枚100万円もする低分子ポリ袋の使用など、開発にはかなりの資金が必要とのことで、韓国のサムスンやITのGOOGLE、AMAZONなどのビッグマネーが創薬に参入してきているとのことでした。そして、T薬品の何倍もの規模でかかわってきているようです。薬の開発には時間とお金がかかるとは聞いていましたが、これはなかなか大変であると実感した次第です。

そして、日本の製薬会社はこれらのビッグマネーにどのように対抗していけばよいのか、気の遠くなる思いで、拝聴していました。

さて、夕食です。初日の夕食は姪のアパートの近くのイタリアンレストランでピザやサラダをいただきました。アメリカらしい大雑把な食事でした。日本ではこれから1日が始まる時間です。

2日目。世界の最高峰の頭脳が集まるHarvard大学やマサチューセッツ工科大学(MIT)を見学して回りました。

ハーバード大学の創始者、ジョン・ハーバード

ハーバード大学は、ご存知のように私学の雄で8人の大統領と100人以上のノーベル賞受賞者を輩出しています。お隣のMITをふくめると、実に150人以上の受賞者がこの地域からでています。

創設者と思われるジョン・ハーバードの銅像がキャンパスにあり、その足に触ると、幸運が訪れるという言い伝えがあり、私もあやかりたいと背伸びして触ってきました。しかし、このハーバード像、実際の人物像ではなく当時のイケメン3人を集めて作ったといいます。しかもハーバードは創始者ではない?ともいわれています。そんなウソに塗り固められた像の足を有難そうに撫ででいる我々は何なのでしょうか⁉

この他、メモリアルホールや美術館など歴史的建造物が多くあり、特に美術館にはゴッホやミレー、ゴーギャンなどびっくりするような所蔵品があり、楽しませてくれました。

 

 

 

 

1$札の原画、ジョージ・ワシントン

またアメリカの1ドル札のモデルになったジョージワシントンの原画も存在していました。

ボストンには40以上の大学があるということで、本当に若者がいっぱい!年寄りはいったいどこにいるのだろうか?

ハーバード・MITを後にして、ボストン美術館へ向かう地下鉄はアメリカで最も古い地下鉄で、中は学生だらけ。その中でなんと、人生初めて席を譲られてしまいました。イケメンの学生さんでした。

とっても複雑な気持ちでした・・・・。

本日のお食事は、お昼は「SUSHI CAFE」というお寿司屋さんでいただきました。ジャパニーズ・ソールフードはボストンでも大人気。味噌汁も振舞われ、日本の味にそこそこ近づいていました。皆さん、お箸も上手に使っていました。

夜は、多国籍料理のお店で、バークリー音楽院を卒業したという日本人のピアニストのトリオが出演しているお店でいただきました。ここでもとりあえずビールと、何と枝豆がメニューにあり、注文してみました。本当にゆでたえだまめが出てきて、日本の居酒屋のようでした。

街を歩くとチャイニーズと間違われ、あまり良い気がしませんが、日本の食文化は浸透しているようです。少し誇らしくもあります。

しかし、チャイニーズマネーはすごい勢いで入ってきているようで、ハーバード大学にもかなりの額の寄付があるそうです。アメリカの誇る知的財産が中国に侵害?されるとおびえるのもわかる気がします。

3日目はホエールウォッチングです。船で沖合に出るため、港へ向かいました。

ボストンはちょうど日本の福岡と博多のように、ケンブリッジとボストンに分かれているようです。ボストンは古い市街地が多く、歩いていくと「ボストン茶会事件」の舞台となった商工会議所の建物がそのまま残っていました。この事件はアメリカがまだイギリスの支配下にあった1773年にイギリス本国から不当な「茶税」をかけられ、酔った若者が数十人で紅茶を海に投げ入れたというクーデターではありますが、その後の独立戦争を引き起こすきっかけになった出来事だったとか。アメリカ人が紅茶ではなくコーヒーをのみ、世界一の消費量を誇るのはこの事件に寄るところが大きいといいます。

ケンブリッジは学問の街、ボストンはニューヨークでいうウォール街のような金融の街というわけです。

当日の波はかなり高く、平素をレベル1とするとレベル4くらい海は荒れていると船長の話で、日程を変えられる人は後日にした方がよいと勧められるほどでした。

明日はもう帰国する予定でしたので、乗船を決行しました。

船室には、ハイスクールの子供たち?が大勢乗り合わせており、今どきの高校生事情をウォッチできました。くじらのウォッチングに負けないくらいおもしろいものでした。

女の子達は皆一様に化粧をしており、つけまつげ・マスカラとバッチリアイメイクしてました。そして付け爪。ずーとスマホから顔をあげることはありませんでした。

男の子は年齢相応に幼く、はじめのうちは甲板と船室を行ったり来たりしていましたが、外海に出て波が荒くなると船酔いで寝込んでしまいました。女子は強い!どんなに波が荒れてもスマホから目をそらしません。我々が座っていた座席には充電器が付いていたらしく、席を外したすきに充電のため占拠されていました。ホエールウォッチングのスポットに来ても、全くクジラに興味を示す様子は無く、スマホです。やれやれ。

くじらはザトウクジラで船のすぐそばまでやってきてくれます。おそらく餌付けしているのでしょうが、当日は野生の2頭が確認できたと、船長さんが言っておりました。

ザトウクジラの尻尾が見えています。

不覚にも、前日の寝不足と寄る年波のせいで数十年ぶりに船に酔ってしまいました。後半はただひたすら、早期の帰港を望んで横になっておりました、トホホ。

船を降りるとお昼過ぎ。ランチにはサラダのみを売るサラダバーへ。ベジタリアンも多いアメリカならではのお店かな。しかし、そのボリュームはアメリカンサイズ。2人分を3人で分けて十分お腹一杯になります。

その後ビール工場の見学へ。こちらのビールは果物の味がブレンドされています。日本の若者のビール離れにも参考にすべきことかもしれません。しかし、おばさんはやっぱりきりっと辛口、のど越し命のビールが好きですが。見学を終えてビヤホールへ出てくると、ボストンの若者の熱気でムンムン。折しも日曜日でした。これだけ若者が集まっている場所には縁がなかったので、すっかり圧倒されてしまいました。若い力がみなぎっているアメリカはまだまだ大丈夫だ、と実感しました。そして、少々羨ましくも感じました。

夕食は、港町ボストンのシーフードを最後の晩餐としていただきました。

明日はもう帰国です。だけど、やっぱり日本がいいかな。日本のお風呂とトイレは世界一です。人間、お風呂とトイレが充実していてはじめてリラックスできるのだ、ということを海外から帰ってくるといつも再確認します。これが、異文化への見識を広めるという好奇心に勝ってしまったら、もう海外旅行も行けなくなってしまうのかもしれません。それはすなわち、歳⁉ オー,怖い。がんばるぞ!

 

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